大雪は、時として、民主主義って良くないなと
思っています。
例えば、こうです。
ある小学校で、先生が漢字のテストを行いました。
その先生は、採点が厳格で、はねるところを
とめていたりすると、×にしました。
水(縦真ん中は、はねる)
計(右の縦、はらう)
これに対して、×とされた親御さん達は、PTA
で結託して、その先生を非難しました。
大した違いもないのに×とは
「あまりにも厳しい!」
と
さて、どちらが正しいでしょうか?
仮にその「はねる」ことをうやむやにすると、その
小学校では通じるかもしれませんが、高校・大学に
行くと通用しなくなります。
しかし、そうゆう正論が、血気盛んな親御さんを目の
前にして、通じるでしょうか?
民主主義でいうなら、数が上回れば、正しいことに
なるのです。小学校の親御さんの大部分の人が、
「その先生は、厳しい」といえば、いくら教えている
内容が正しくても、先生が間違っていることになる
のです。
その判断は、親御さんの教養にかかってきます。
話題を変えます。
ガリレオガリレイは、地動説を唱えましたが、キリスト
教の教えとは異なるために、裁判で無期刑となりました。
彼が理論的に地動説を証明をしたのにも関わらずです。
その頃の学者の多くが、天動説を支持していたために、
(民主主義で)有罪となったのです。
よく、KY(空気読めない)という言葉が使われますが、
この言葉は、「集団の意思を読めない」という意味あい
だと思います。会議で一人だけ違う発言したりすると
「あいつKYだよなー」
となります。
しかしです。集団の意思が正しいとは限らないというのは
上記の2例のとおりです。
民主主義とKYという言葉は、実は似ている言葉なんだな
と思っています。



