2008年11月18日

民主主義とKY

大層なタイトルですが、

大雪は、時として、民主主義って良くないなと
思っています。

例えば、こうです。

ある小学校で、先生が漢字のテストを行いました。
その先生は、採点が厳格で、はねるところを
とめていたりすると、×にしました。

水(縦真ん中は、はねる)
計(右の縦、はらう)

これに対して、×とされた親御さん達は、PTA
で結託して、その先生を非難しました。

大した違いもないのに×とは
「あまりにも厳しい!」


さて、どちらが正しいでしょうか?

仮にその「はねる」ことをうやむやにすると、その
小学校では通じるかもしれませんが、高校・大学
行くと通用しなくなります。

しかし、そうゆう正論が、血気盛んな親御さんを目の
前にして、通じるでしょうか?

民主主義でいうなら、数が上回れば、正しいことに
なるのです。小学校の親御さんの大部分の人が、
「その先生は、厳しい」といえば、いくら教えている
内容が正しくても、先生が間違っていることになる
のです。

その判断は、親御さんの教養にかかってきます。

話題を変えます。

ガリレオガリレイは、地動説を唱えましたが、キリスト
教の教えとは異なるために、裁判で無期刑となりました。

彼が理論的に地動説を証明をしたのにも関わらずです。
その頃の学者の多くが、天動説を支持していたために、
(民主主義で)有罪となったのです。

よく、KY(空気読めない)という言葉が使われますが、
この言葉は、「集団の意思を読めない」という意味あい
だと思います。会議で一人だけ違う発言したりすると
「あいつKYだよなー」
となります。

しかしです。集団の意思が正しいとは限らないというのは
上記の2例のとおりです。

民主主義とKYという言葉は、実は似ている言葉なんだな
と思っています。

posted by 大雪 at 18:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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